実際はそんなもんです。無責任な指導があふれてる
2017.08.12
巷は、お盆休み。
焼けつくような暑さの中、実家に帰省なさっている方も多いかもしれませんし、
家族の思い出作りを楽しんでいらっしゃる方もいらっしゃるでしょうね。

私の子どもの頃も、
夏休みの思い出として浮かんでくるのは
決してクーラーの効いた部屋や人ごみ多いshoppingmallのゲームセンターではなく
海やプール、川などです。
外遊びをしっかりしてお昼寝。
もう少し大きくなってくると友達と盆踊りに出かけて行きました。
どれも、その時期にしかできないことで
今同様のことをやってみたいと思っても
できないことも多くなり、
たとえ、子どもたちと一緒に海遊びをやったところで
子どもたちの目に焼き付く程の強い思い出や
感動の風景はもう描くことはできなくなっています。
だから、暑いときは子どもと一緒に暑さを楽しむことはおすすめしたいと思います。
それが、一番の贅沢であるということを知ってほしいと思います。

さて、私たちは常日頃から子どもたちの困りを軽減させ、
可能性を拓くためにはどうすれば良いか?をずっと探っています。

チャイルド・ライフ・サポーターで子どもたちの発達援助に関わっている人も
同様だと思っています。

そのために、プロコースでアセスメントをしっかり行います。

その後、資格を取った後でも
自主的にWISCのアセスメント、子どもの行動アセスメントの学び塾を行い、より正確にこどもたちから
見えているほんの少しの現象から彼らの認知機能の偏りや
運動機能の偏り、力の調整具合、関節のねじれ具合、意識の持続時間、メンタル
様々な面から複雑な子どもの実像を測り、支援に活かそうと努力しています。

同じ状態であっても
年齢によってアプローチも変えます。
当たり前ですが。
どの子もステップ1からスタートするわけではありません。

もし、いま、お子さんを発達障害専門と言われるところに
お預けで、支援をしてもらっているなら
是非、お尋ねしてください。

その指導者がきちんとWISCのアセスメントができ、
指導アプローチに生かすことができているか?
どの子も同じアプローチではないのか?
なぜ、その指導に至ったのか?
それしかできないからではないか?
発達の評価はどこで行うか?
アセスメントする人と指導する人が違ったら
とっさの子どもの行動の変化への対応ができません。

大多数の発達障害専門といわれるところでさえ
現場の指導者はきちんと子どものアセスメントができません。

発達障害に有効であると言われる療法を行っているから
専門家であり、子どもに適切な援助ができるということでもありません。

子どもの未来を想像し、
その未来が少しでも豊かになることを願って
寝ても覚めても子どもたちが発達することを考えている。

そんな人たちに子どもの未来を託してください。
そして、保護者の方も努力なさってください。

よろしくお願いします。

2017.08.12 15:36 | 固定リンク | 未分類
子どもは頑張りたいと思っている。頑張れるものを探している
2017.08.10
こんにちは。
2017年の夏も半端ないくら酷暑です。
なのに、もう秋を感じているやまもとです。

いつもの夏の風物詩「沖縄療育合宿」が終了したからかもしれません。

日差しもなんとなく白々したものから
少し黄色を含んで少し優しくなったように感じるんですが、
タダの勘違いでしょうか?
それとも、ながらく扁桃腺炎で床に臥せっていましたから
目がおかしくなったのでしょうか?(笑)

沖縄合宿では、いつも子どもたちから多くを学びます。
彼らの行動や言動
食べ方、身体機能、骨格、関節・・・

そして、今回も例に洩れず・・・

数年前には考えられなかったことが起こっているし。(@_@)

あ~、私たちはまだまだ子どもの力を見くびっている。

良く評価の対象となる
「○○ができるようになった。」と言うところの
「○○」が単純なものではなく、訓練でできるようになった作業ごとでもなく
やっぱり「発達」したからできるようになった。
自然に行っている。と言うことです。

そんなことが随所にみられます。

例えば、
自分が食べた食器は自分で洗いますか?
調理を積極的に手伝いますか?具体的には材料を切ったり、
炒めたり・・・。
洗濯をして、干すことはしますか?
他の子を思いやったり、気遣ったりしますか?
などなど、現象だけをあげるともっとたくさんあります。

そんなことはもう当たり前にできるようになっています。

それより今回彼らが私に伝えてくれたことの
大切なことの一つは



「僕たち、私たちは頑張りたいと思っている。
だから、頑張れる何かを探しているんだ!」



てことです。

なぜ、そんなことが言えるのか?って言うと
合宿も終盤にさしかかった時に
必ず子ども一人一人と個別面談をします。
1人ずつからいろんな話を聞きます。
その時によくある「楽しかったこと」を聞くのですけれど
そしたら、みんな口をそろえて言うんです。

「プログラム!」って。

これ、やまもと式S&E療育プログラムのことなんです。

最初は全然できないし、
その内もっと難しくなってみんなと合わせるプログラムになるんだけど、
何回も何回もやって
最後にみんなで合わせられたらとても楽しい。・・・って。


ちぇ、子どもたちにしてやられたぜ!


子どもたちは私たちの遥か前を見ていやがった。(笑)
出し抜かれていた・・・


もっと頑張らせてよ~
僕たち頑張れるよ~

って言ってるみたいだった。

そんな風に感じました。



うん、分かったよ。
ちゃんと心に刻んだ。
皆が頑張れること
ちゃんと提案するよ。


大人はもっと子どもの力を信じるべきだ。
いろんな枠を外すべき。
障害児だから、障害児のいる環境に子どもを置くこと自体
なんか違うと思うし、
その先も障害者の就労事業所での枠の中っていうのも違う。


本当に
ダイバーシティ
(やまもとはマーブルワールド目指してるんですけど)を実現したいと思うなら


正々堂々と胸張って社会に出ていける子に、大人に育てよう!って
思うんです、わたし。


本当に、正々堂々と自信持って胸張って・・・。
2017.08.10 16:47 | 固定リンク | 未分類
このブログに書くのは久しぶり。みんな見つけて読んでくれるかな?(笑)で「発達障害」って公表するのはそんなに簡単にしない方が良い
2017.07.27


LOF教育センターではあまり大きな声で言っていませんが、
結構前から若者支援行っています。

特に今まで多かったのは
中高一貫の進学校に通っていた子や
公立の中学校に通っていてその後高校に進んだ子

大抵は高校進学して卒業していくか
大学進学して卒業していく。

中にはレアケースとして
支援学校の高等部に進み、その後障害者枠で就職した後も
しばらく通ってくれた子も居ました。

それぞれの可能性を見極めながら
支え、一番可能性が拓くであろう道をご提案していただき、
すすんでいただいていた。
もちろん、子どもや保護者が納得してくださってだけれど。

そんな人生の広がりを見ていると
「発達障害」って身近な人には公表しても良いけれど、
大多数の人には知ってもらわなくても良いのではないかと思うんです。

言いたいことをもう少し簡単に言うと
自分自身と関わっていただく必要がある場合は
「発達障害である。」とか「そういう傾向があるとかは
周りに伝えても良いのだけれど、それ以外の不特定多数の人
例えばSNSやマスコミやマスメディアなんかに必要でもないのに公表してしまわなくても
良いのではないか?と私個人は思うのです。

それは、不必要な誤解を生みますし、
自分の人生の可能性を閉ざしてしまうことになりかねないからです。

「障害」があることで、許してもらえることもあるかもしれないけれど
「障害」があることで、関わることができる世界が限られてしまうということ。

できたら、「障害」と言うことや「障害のような傾向」があることを
上手に使えたら良いな~と思います。
しんどい時期はそのことで助けてもらい
自分に自信が着いたり、自分が行きやすい世界が分かって
そこで生きていくことができるようになったなら
もう「障害」から卒業できるのかもしれないな~って思うんです。



そんな微妙な世界にいる若者を支え
成長のお手伝いをしたいと思うのです。


説明会、相談会は 8月11日です。
早めにお申込みください。

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