時間は止められないし、過去は変えられないけどそこから学ぶことはある。
2016.07.03
こんにちは。
夏になってきました。

けれど、子どもたちは元気で
療育に通ってきて私たちに元気と希望を与えてくれます。

先日、「アリスインワンダーランド2」の映画を見てきました。

3Dの字幕で見てきたので
映像美は素晴らしく、それぞれのセリフが自然に耳に入ってきました。

哲学的なセリフや
心を動かされるセリフ
思わず涙ぐむようなセリフが満載でした。
原作とは全く異なる別の映画として出来上がっています。

大人の人が見る映画だと思いました。


中でも
「時間は止めることができない。」「過去を変えることはできない。」ことは
いまさらながらですが、
なんだかしっかり受け入れることができた気がした。

「あの時に戻って、その出来事を起こらないようにすれば・・・。」
「やり直すならあの頃に戻ってやり直したい。」と思う人も多いかもしれません。
(私は、何一つ思わないけれど(笑))

同じようにアリスも思って過去に戻るのだけれど・・・

障害があるかもしれない、あるいは障害がある児であるということが分かって
しばらくしてそのことを受容できたなら
こんなことを考えてみたりします。

何が障害の原因だったんだろうか?
あの出来事がなかったら、障害なく生まれてきたのではないだろうか?

母親は特に自責の念に駆られる。

けれど、今回の映画をきっかけに
「これで良かったのだ。」と深く思えるのではないかと思う。

私はめったにプライベートの話をしない。
(取るに足りないどっかに行って何かを食べたということは言うけれど)
なので、私がシングルマザーであり、二人の子どもを育て上げたことや
子どもが発達障害の傾向児であった(昔なので診断はもらっていないが)
ことは今までにほとんど話したことはない。
少人数の内輪の話では語ることはあったけれど。

先日の山口の講演会では
私のことや子どものことなど
初めて大人数の前で話した。

それは、私と子どもお互いが私が思う自立し、
幸せに生きていることを実感できる日々になったからである。

そして
いつも話すが、「障害があるとかないとか」ではなく
「幸せに人間としての生き方を全うするかどうか」

でも、その言葉でさえ、「障害」と言う言葉を身近に感じない人が
いくら言っても誰の心にも響かない。

「障害児や障害者」を本当の意味で自分たちと何ら変わりないのだということを感じていない人が
いくら言っても重みはない。

自分が言っていてなんだが、
「障害者は」とか「障害児が」とか表現するのは大嫌いである。
そんなこと関係がない社会になってほしい。
そうしなければ「ダイバーシティ」も「インクルーシブ教育」も実現しない。


私は私の家族とともに幸せに生きることができて良かったと思う。
過去に戻りたいとは思わない。何かをやり直したいとは思わない。

そして、きっと皆さんもそうだろうと思うし、
そうあってほしいと思う。



2016.07.03 19:28 | 固定リンク | つぶやき

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