障害児、傾向児の教育プログラムの見直し
2016.09.26
こんばんは。
今日は、日中暑かった大阪です。

PCと書類に向かう一日でした。
それでも、こんな何も特にない日でも
一喜一憂しております。

ハプニングやアクシデント
反省と喜び
いろんな思考と感情が入り混じる毎日です。(笑)

やまもと
NPO法人発達障害児支援LOF教育センターで行っている
10代の子どもたちへのグループワーク「ソーシャル ラーニングセンター」での
教育プログラムを見直そうと今考えています。

LOF教育センターには 発達障害児も居れば
その傾向にある子ども
あるいは、そういう傾向もあまりよく表出していない子ども
といろんな子どもたちが通ってきています。

ある程度、発達してきた子どもたちを
よりもっと高度な知能へと伸ばす援助をするためには
どのような教育プログラムにて引き上げることができるのか?と
珍しくまじめに?(笑)すき間時間を使って考えています。

子どもたちが楽しく思考スキルを上げることができる教育プログラム。
これはおそらく年齢と言うよりは
発達に合わせた教育のプログラムとなるだろうと思います。

と、その前に「滝修行」行ってくるけどね(^_-)-☆



<お知らせ>
ついに やまもと の初版本が10月発売されることになりました。

先日ラフ原稿の修正をしてただいま修正中
読みやすいかわいいイラスト入りの本です
お母さん方の味方になれるおうちでの関わり方を書いています。
「おうち療育(仮称)」
楽しみにしていてください。m(__)m

スペクトラムな支援になっていない弊害
2016.09.24
こんにちは。
ただいま 色々充電中にて発信が滞っております。

そうしながらも、すべきことを最低限は行っております。
前日のチャイルド・ライフ・サポーター®プロコース3日目

参加者の方より
ペアトレについてお聞きしました。

もちろん、何事もメリット、デメリットがあると思うのですが、
他のサポートや療育もそうなのですが、
障害がスペクトラムなのに
支援法、指導法がスペクトラムになっていないのです!


これが問題です。
言語認知能力が低いお子さんを対象に行う療育的なこと
関わり方の見本はいつまでもその低い認知能力に合わせたものになっています。

言語認知能力が上がってくれば
上がってきた様に関わり方、指導を変えて行かなければなりません。
今日もやまもと式知的能力開発インストラクターにも行ったのですが、
軽度の知的障害児、その後ボーダー域に成長、発達した後
どこまで能力を伸ばしていくことができるのか?を
私たち支援者が常に考え、挑戦していきながら
子どもたちの成長、発達を援助していかなければなりません。

障害があるというところから
その傾向があるというところに移行し
そのあと困り感がさほど感じられないくらいへとどう援助していくか?

そのすべてをスペクトラムで援助すること。
それが大切なことです。



で、ペアトレの一例。
「あいまいな言葉を使い、指示を出さない。」

言語能力低い場合:もちろん明確な言語を使う
で、発達してきた時:あいまいな言語の修得、形容詞、副詞などをどう取得させていくか?と考えた場合
そのあいまいな言語を明確な言語使ってああるいは具体物を使って説明する。
見本を見せて説明し、模倣させる。
そこがつながっていくと、「あいまいな言語」を使われても理解し、行動できる。というところに
つなげていくことができます。そこには「思考力」という次の能力も発揮されるのです。

スペクトラムな関わり方を修得する!

それは、スペクトラムである子どもたちの発達を援助するために
絶対必要なスキルなのです。




2016.09.24 17:50 | 固定リンク | 発達障害支援
「支援」と「配慮」
2016.05.14
おはようございます。

週末に入りました。

コミュニケーションを意識する数年。

コミュニケーションに意識がいくと言葉がひっかっかる。

毎日の生活の中でも心にひっかかる言葉がたくさんある。

他の人が発信するものを読んでも違和感を覚えることが多くなった。

言葉にひっかかることもあれば、

その人の情報が偏っていることへの違和感だったりすることもある。



で、前回に引き続き

「支援」と「配慮」という言葉にこだわって書いてみる。



発達障害を抱えるこどもへの「支援」と「配慮」

簡単に言うと「支援」はしてもらうべきこと。

その「支援」をしてもらうことで、しなければならないことがスムーズに出来、

その子の能力の評価を高めることに繋がったり、

その子の能力を更に開花させることができることへと繋がっていく。



例えば、「学習障害」があるとどうしても学校評価や知能検査の値が低くなってしまう。

そうすると「知的障害」と間違って診断されてしまうことがあって

高等教育を受ける機会をなくしてしまう。

そんな時に「支援」は必要である。



では、「配慮」をどう捉えるか?

「配慮」は「配慮」を行う人にゆだねられる行為である。

「配慮」してくれたらうれしいけど、必ず「配慮」してもらえなくてもしょうがないな~。

のように。



「支援」はその児、者 側に立って考えるけれど、

「配慮」は「配慮」する人、環境側に立って考える。

簡単に言うとそんな感じだろうか?



けれど、そこで、アセスメント能力やコミュニケーションスキルが高ければ

「配慮」を「支援」へともっていくことはできるのではないかと考える。

そして、その児、者の状態によっては「配慮」を「支援」にしなければいけないこともあるのだから、

そういう交渉を上手にできると救われる児や者が増えるのではないかと思います。

2016.05.14 10:06 | 固定リンク | 発達障害支援

- CafeNote -